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ニュースレターNo.6 「特許請求の範囲に記載した用語 判例解説」

<概要>

今回は、判例、平成11年(ワ)第3942号 特許権侵害差止等請求事件について検討してみました。
この事件は、艶出し洗浄方法に関するものです。原告である特許権者が、被告製品 (艶出し洗浄剤) の製造販売が原告特許権の間接侵害を構成するとして差止等を求めたものです。
原告特許権 (特許第2137544号) の特許請求の範囲は下記の通りです。
「シリコンオイルに乳化剤を加えて水に分散させた基剤に、2wt%を超えない範囲で泡調整剤を配合してなるO/W型エマルジョンのスプレー型艶出し洗浄剤を、洗浄面に吹き付けて泡を発生させることにより、洗浄面に付着する汚れ等を浮き上がらせ、泡調整剤の作用で消泡して液状になると流下させることにより、拭き取りすることなく洗浄面を洗浄させるとともに、シリコンオイルで艶出しするようにしたことを特徴とする艶出し洗浄方法。」
争点は、「被告製品に、2wt%を超えない範囲で泡調整剤が配合されているか否か」と言う点にありました。
上記争点に関して、次の2点について争われました。
(1) 泡調整剤とは何か。
(2) 被告製品に含まれるEO付加物は泡調整剤か。
(2-1) 被告製品の組成
(2-2) 泡調整剤とHLB値との関係


(i) 争点(1)「泡調整剤とは何か」について

A. 原告の主張の要点

「泡調整剤」とは、基剤と共に使用されて大気中で発生した泡に対し、消泡効果を有する化学剤であって、いったん発生した泡を消すために用いるものである。本発明に言う「泡調整剤」は、最初から洗浄剤中に混合されて、スプレーにより起泡させた泡を速やかに消す効果を生ぜしめるものであるから、消泡剤のうち抑泡効果を有するものを意味する。本特許発明の属する技術分野における技術常識に従って特許請求の範囲を読めば明確に分かることである。

B. 被告の主張の要点

「泡調整剤」なる用語は、明確な技術的意味を有するものではないにもかかわらず、「発明の詳細な説明」欄には「泡調整剤」についての具体的な説明が一切ない。本特許発明の主要な要件である「泡調整剤」は、「発明の詳細な説明」欄、図面及び出願時の技術水準を参酌しても、どのような組成のものなのか不明である。また、消泡のために泡調整剤が必要と言うものではなく、被告製品において消泡が生じるのは、泡調整剤とは別の独自のノウハウによるものである。被告製品には泡調整剤は配合されていない。

(ii) 争点(2)「被告製品に含まれるEO付加物は泡調整剤か」について

(2-1) 被告製品の組成

A. 原告の主張の要点

被告製品は、水、シリコンオイル、アンモニア、ノニルフェノールEO7付加物 (EOはエチレンオキサイドの略語)、ノニルフェノールEO4付加物、ノニルフェノールEO2付加物を所定量で含む。ここで、乳化剤はノニルフェノールEO7付加物である。また、泡調整剤は、ノニルフェノールEO2付加物及びEO4付加物である。従って、被告製品は、本発明の特許請求の範囲に記載されたスプレー型艶出し洗浄剤そのものである。

B. 被告の主張の要点

本特許出願前から、乳化剤として製造販売されているEO付加物には分布があり、高モル付加物から低モル付加物までのものが含まれている。そして、その平均値をもってEO付加物のモル数として表示している。この事実を当然の前提として、本特許発明では、泡調整剤を乳化剤とは別個の要件としているのである。従って、泡調整剤と乳化剤とは異なるものである。故に、泡調整剤は、乳化剤中に分布として存在しているEO低モル付加物を含まないと解する。

(2-2) 泡調整剤とHLB値との関係

B. 被告の主張の要点

原告は特許異議答弁書の中で「界面活性剤型の消泡剤は、多くの文献に開示され、少なくとも当業者にとっては広く知られているものであって、乳化剤として用いられる界面活性剤と明らかに区別され得るものである。本発明に用いられるポリオキシアルキレン化合物等の界面活性剤型の泡調整剤は、HLB値が低く (1〜4程度) 水に対する溶解度が小さいからこそ消泡効果を有する。」と述べている。従って、包袋禁反言の原則から言っても、HLB値が4を超える界面活性剤を本特許発明の「泡調整剤」と主張することは許されない。被告製品中に含まれるEO低モル付加物のHLB値は、いずれも4を超えている。

A. 原告の主張の要点

特許異議答弁書の記載は、泡調整剤のHLB値を4以下と限定しているのではなく、界面活性剤型の泡調整剤と乳化剤として用いられる界面活性剤とが区別できることを述べたに過ぎない。現実に、市販品のカタログにはHLB値7.8〜8.9の界面活性剤に消泡効果があるとされ、別の市販品のカタログにはHLB値3.3〜8.8の界面活性剤が抑泡製剤として記されており、消泡効果を有するとされている。このように、HLB値がこの程度の大きな値でも消泡効果を有するのである。
また、被告製品中に含まれるEO付加物には4モル以下付加物 (HLB値 約3〜9) も相当割合混入されており、このようなモル数の異なる付加物の混合物においては、夫々のモル数付加物の各分子が夫々独立に、その有する効果を発揮するものである。従って、被告製品中のEO付加物中、4モル以下のものは泡調整剤になると言うべきである。

C. 裁判所の判断の要点は下記の通りです。

(i) 争点(1)「泡調整剤とは何か」について

「泡調整剤」と言う用語は、技術用語として一般的に用いられているものではない。また、本明細書中にも何ら定義されていない。原告主張を考慮しても「泡調整剤」の意味は明確ではなく、本明細書に記載された作用効果を奏するものを「泡調整剤」と解するほかはない。即ち、基剤に2wt%を超えない範囲で配合され、発生した泡を消泡させる作用を奏するもの、と考えるべきである。
また、特許請求の範囲には、「シリコンオイルに乳化剤を加えて分散させた基剤に、」と記載されている。よって、乳化剤は基剤成分であり、泡調整剤とは別の成分と考えられる。

従って、「泡調整剤」については、以下の三つのことが要件となる。

? 基剤に2wt%を超えない範囲で配合されていること
? 基剤及びこれに含まれる乳化剤とは別の成分で、これに加えられたものであること
? 発生した泡を消泡する作用を有するものであること

(ii) 争点(2)「被告製品に含まれるEO付加物は泡調整剤か」について

(2-1) 被告製品の組成

本明細書の発明の詳細な説明の欄に、「泡調整剤としてはポリオキシアルキレン化合物等の界面活性剤型、・・・を使用することができ、」との記載がある。また、実施例において使用されている泡調整剤は、シリコン系物質及びポリエーテル型非イオン界面活性剤であることは明らかである。
一方、被告製品に含まれるとされるノニルフェノールEO付加物は、上記泡調整剤として例示されているもののうちの「ポリオキシアルキレン化合物等の界面活性剤」であり、かつ「ポリエーテル型非イオン界面活性剤」である。そこで、被告製品の成分に泡調整剤としての機能があるかどうかを検討する。

(2-2) 泡調整剤とHLB値との関係

原告が提出した特許異議答弁書の記載は、本発明における界面活性剤型の泡調整剤の消泡効果を奏するものはHLB値が低く (1〜4程度) 、乳化剤として用いられる界面活性剤との関係において、HLB値により区別できることを述べたものである。従って、HLB値が5以上のものは意識的に除外されていると言うべきである。
一方、被告製品中に含まれ、原告が泡調整剤と主張するノニルフェノールEO付加物は、いずれもそのHLB値が5以上である。
従って、これらを泡調整剤と言うことはできない。

原告は、被告製品に含まれるモル数の異なる混合物においては、夫々のモル数付加物の各分子が夫々独立に、その有する効果を発揮すると主張する。しかし、市販品のカタログに掲載されている界面活性剤は混合物であるので、HLB値は全体としての値を示すものと考えられる。混合物中には各付加モル数の成分が存在し、それらが全体としての作用効果を奏するものとして用いられるのが通常である。混合されている付加物ごとに異なるHLB値を持ち、異なる作用を奏するとして扱われるものではない。従って、ある界面活性剤の一部が乳化剤、他の一部が泡調整剤として、別々に作用すると言う議論は技術常識に反する。

また、上記のように、本特許発明の「泡調整剤」は、基剤及びこれに含まれる乳化剤とは別の成分である。従って、原告主張のように、混合物に含まれる低モル付加物に消泡作用があるとしても、それが基剤に含まれる乳化剤である界面活性剤に分布として存在しているものである限り、基剤に加えられた別個の成分とはならない。

裁判所は、以上のように述べて、原告の主張を棄却しています。


検討

この判決において第一の決め手になったことは、特許異議答弁書における原告の主張でした。ここで、原告は、乳化剤として用いられる界面活性剤と界面活性剤型の泡調整剤とを、HLB値により区別し、界面活性剤型の泡調整剤のHLB値は1〜4程度であると述べたのです。これにより、HLB値が5以上である、被告製品中に含まれるEO付加物は全て泡調整剤には該当しないと判断されてしまいました。

被告が特許異議答弁書中でこのように述べなければならなかった原因として考えられることは、何だったのでしょうか。まず、考えられるのは「泡調整剤」なる用語を用いたことでしょう。「泡調整剤」なる用語は技術用語ではありません。これを文字通りに解釈すれば、泡を調整する剤、即ち、泡を一定の状態に整えるための剤と読め、消泡するとか、抑泡するとか言う意味は直接的には出てこないと思います。加えて、このような用語を用いたにもかかわらず、発明の詳細な説明の欄に、その説明がなかったと言うことにも問題があったでしょう。

このことから考えれば、原告特許権者は、特許出願時に「泡調整剤」なる用語に関して、殆ど問題意識を持っていなかったと思われます。特許請求の範囲を記載するとき、技術用語を使用すると言うのが原則です。技術用語により表現できないときに限って、技術用語以外の用語を使用します。そして、技術用語であるか否かにかかわらず、当然、その用語の意味を発明の詳細な説明の欄に明記します。発明の構成要件は必ず明確にしておかなければなりません。

原告特許権者は、「泡調整剤」なる用語を自ら使用しているうちに、技術用語であると思い込んでしまったのではないのでしょうか。そのようなことはよくあることで、自社のみで使用している俗語をたびたび使用しているうちに、技術用語であると思い込んでしまうことがあるのです。そのようなことが生じないためにも、明細書作成者は常に第三者的立場から発明を見て明細書を作成しなければなりません。そういう意味では、自社出願に携わる知財関係者にはより一層の注意力が求められるのでしょう。

ときどき、「特許請求の範囲に特に技術用語を使用しなくても、発明の詳細な説明にその用語の意味について明確に説明しておけば問題はない。」とおっしゃられる方がおります。確かに問題がないこともあります。問題がないことの方が多いのかもしれません。しかし、審査、審判段階に限れば、いわゆるリパーゼ判決 (昭和62年(行ツ)第3号、判決日: 平成3年3月8日) が示すように、特許請求の範囲の記載から技術的意義が一義的に明確に理解することができないときに限って、発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されているに過ぎません。従って、発明の詳細な説明の記載が参酌されることなく、特許請求の範囲に記載されたその用語の意味から技術的意義が明確であると判断されてしまう可能性もあるのです。このような場合には、本来意図していない意味にその用語が解釈されてしまう恐れもあるのです。技術用語が存在するなら極力それを使用するべきです。将来的に少しでも問題が生ずるかもしれない事柄は、出願当初から分かっているなら可能な限り取り除いておくべきなのです。

被告が特許異議答弁書中で上記のように述べなければならなかった第二の原因としては、「泡調整剤」と「乳化剤」との切り分けが不十分であったことにあると考えます。「泡調整剤」が有する消泡作用と、「乳化剤」が有する乳化作用は、いずれも界面活性剤が有する効果である故、この二つの剤の切り分けはとりわけ重要であったと思います。その切り分けは容易ではなく、本発明の根幹に係る問題ではなかったのでしょうか。

「泡調整剤」と言う用語の意味について、十分に検討していれば、例えば、発明の詳細な説明において「泡調整剤」の意味を明確に説明していたならば、この二つの用語の切り分けについても考えたことでしょう。不幸なことに、原告特許権者は、「泡調整剤」と言う用語の意味を軽視してしまいました。発明の詳細な説明の欄に泡調整剤の例として、界面活性剤型のものを挙げています。従って、界面活性剤と言われるもののうちどの部分が泡調整剤となり、どの部分が乳化剤となるのかをもう少し検討する必要があったのではないでしょうか。この点を明確にしなければ発明として完成したとは言えないと思います。

特許請求の範囲において使用する複数の用語の意味の切り分けが容易ではないと言うことは多々あります。非常に厄介な問題であり、明細書作成者が大いに悩むところです。このように難しい問題である故に、用語の切り分けが不十分であることに起因する事件をときどき見かけます。例えば、弊所ニュースレターNo.3で採り上げた「フライアッシュ成分」と「セメント成分」はその一例です。

最後に、原告は「スプレー型艶出し洗浄剤」を特許請求の範囲において特定する際に、方法的に特定していることにも問題があったと考えます。これにより、即ち、特許請求の範囲に「シリコンオイルに乳化剤を加えて分散させた基剤に、」と記載されていることにより、「泡調整剤」は「乳化剤」とは明らかに別の成分として判断されてしまいました。「スプレー型艶出し洗浄剤」は自体「物」ですから、特許請求の範囲では本来「物」として特定する必要があったのです。これは、化学、機械、電気等のあらゆる分野において共通することであり、特許請求の範囲を記載する際の基本中の基本です。しかし、これができていない明細書を多々見かけます。もちろん、「物」として特定できない場合には、プロダクト・バイ・プロセスクレームと言うのがありますが、これはあくまでも非常手段です。本発明の「スプレー型艶出し洗浄剤」が「物」として特定できないと言うことはないと考えます。例えば、「シリコンオイル、乳化剤及び水、並びに前記全ての成分の合計量に対して2wt%以下の泡調整剤を含む、O/W型エマルジョンのスプレー型艶出し洗浄剤」程度には少なくとも書けたと考えます。このように書いたとしても、「乳化剤」と「泡調整剤」とが別個のものとして解釈された可能性は高いと思います。従って、「乳化剤」を「乳化成分」とし、かつ「泡調整剤」を「泡調整成分」として、これらの成分を発明の詳細な説明の欄において明確にし、両成分を切り分ける必要があったのでしょう。艶出し洗浄剤を方法的に特定しているので、各成分を加える順序までもが構成要件として考慮されてしまったのです。

なお、本件は原告が東京高裁に上告しております (平成13年(ネ)第3394号)。この中で、控訴人 (原告) は、艶出し洗浄剤に関し調製方法を規定しているものではないことを主張していますが認められませんでした。東京高裁においても、控訴人 (原告) の主張は棄却されています。

この判例は下記のことを示唆しています。
・特許請求の範囲には技術用語を使用すること
・特許請求の範囲に使用した複数の用語間の切り分けを確実に行うこと
・特許請求の範囲において「物」は物として特定すること、方法的に特定してはならないこと

そんなことは当たり前だと思われるかもしれません。しかし、この当たり前のことがなかなかできないのです。いろいろな特許公開公報を当ってみて下さい。「物」が方法的に特定されているなんて言う請求項は多々存在します。

なお、この判例の詳細は、裁判所ホームページ (http://www.courts.go.jp/) の裁判例情報から上記の事件番号 (平成11年(ワ)第3942号) を入力することによりご覧になれます。また、特許庁ホームページ (http://www.jpo.go.jp/indexj.htm) の「特許電子図書館 (IPDL)」をクリックし、経過情報検索から1の番号照会に入り、番号種別に登録番号を選択して、照会番号2137544を入力して検索実行すれば、本特許権に関する経過情報及び公報等を入手することができます。

以 上

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